第12話 たったひとつの確かな理由 (14) [△ ▽]

「っ、っ!」
 そのままの勢いに床へと叩き付けられる所を、着地と同時に腕に絡み付いた枝を引き剥がし跳び退く。枝が皮膚を切り裂いたが、気にせず無理矢理枝の外へと出る。
「ほう、ヒトであれば一刺しで死ぬのだがな……APとはかくも丈夫なのか」
 サナツカはゆっくりと羽根を持ち上げる。うめを覆わんとしていたものは、木ではなく、サナツカの黒い羽根だった。少し青みがかったそれは、羽根という柔らかさを感じさせる言葉とは対極にある、刃によって編み込まれた鐵の翼だった。
「大丈夫じゃないっ、痛かったんだから!!」
「彼らに食べられるよりは痛くはないだろう」
「……彼……ら……?」
 そう言われても、誰かは分からない。
 見たくない。
 何かがいることは、感じていた。一匹じゃない。何かが自分を囲んでいる。それは数をなし、やがてうめの前にも回り込んでいた。
 黒い、六足の、獣。
「!っ」
 涙が溢れてきた。
 どうやっても、死ぬ。
「あ、あ、あ……」
 石人一体の時には、無鉄砲に向かっていけた。
 でも、あの時、足を砕かれてから、絶対に敵わないものがあることを知った。
 勇気と無謀だけでは無理なのだと知った。
 だから、目を閉じた。
『それが全てではないことも、知っているだろう?』
 目を開く。周りにいた黒い獣が、白い何かに払われていた。
『お前に勇気と無謀があることを私は知っている。なら、それに頼るな、使ってみろ』
 見上げる先に、石人がいた。その石人が足を上げる。
「うわ、ちょっと!」
 石人の足が大きく振るわれ、うめはそれを避けるように跳び退く。
「!」
 その先にも黒い獣。鋭利な牙。巨大な体躯。
 でも。
 足を止める。瞬間、目の前を牙が薙ぐ。それをギリギリで躱して、再び踏み込み、蹴りつける。黒い獣は吹き飛び、背後の獣を弾き飛ばしていた。
 振り向く。目の前に黒い獣。目が合う。口は閉じている。
 左腕で牙を押さえつける。が、反作用で体が浮き、その勢いで獣がうめを跳ね上げる。
 うめの体は柱よりも高く浮かび上がる。体を捻り、下を見下ろす。絨毯のように黒い毛並みが敷き詰められていた。
 勇気を、使え。
「そうだよね、紫恋や王子がきっと来てくれるんだもの、ならもうちょっとやってみなきゃ!」
「呼んだ?」
 宙に浮いたうめを、紫恋が抱きかかえた。