第11話 闇の背中 (18) [△ ▽]

「何、これ」
 リシュネの指が止まる。
 日本とオーストラリアの中間、高度1万メートルの上空。巨大なラグビーボール状の形態をした、JCTHUの空母が浮いている。楕円の形状には凹凸がないが、上部には巨大なエアレールが8機取り付けられ、それらのさらに上に、天使の輪のような漆黒の輪が機体を空中に固定していた。
 その執務室でコンソールを眺めていたリシュネは、異質なレポートに気付いた。それは、リシュネ以外の人間にとっては、膨大な資料に埋もれたなんでもないファイルだったが、リシュネにとっては、異質以外の何物でもなかった。
「これの詳細教えて」
「何か問題でも」
 黒いスーツの男が答える。
特異点……」
「はい?」
「これ、一月前の立て籠もり事件の場所よね」
「はい。ですが、因果関係はないものと思われます」
「原因じゃなくて状況ね。で、詳細は」
「8月15日に『石人』と呼ばれる魔法具象体が発生。同日、現地の者によって仮封印。その封印が解ける際、周囲に損害を与える可能性があるため昨日通報があり、初期観測の結果攻撃レベル2+と判断、処分対象となりました」
「……」
 もう少し、魔法のできる要員を増やさないと駄目ね……。
「なんで15日の時点で報告がなかったの?」
「レベル3以下は申告がなければ」
「初期観測の誤差は先日議題に上げたでしょう」
「まだ結論が出ておりません」
「……」
 リシュネは表情を隠して、溜息をつく。
 やっぱり海外展開には無理があるのよ、そもそもHACを殲滅するために作った部隊なのに、外人部隊化しつつあるし。日本政府は宙軍に予算を回しすぎるし……。
 モニターをなぞると、その指先を追って情報が表示されていく。
「三課じゃ無理ね。……二課の山橋は?」
「エジプトにて(件)-120を処理しています」
「一課の川北は」
「殉職しました」
「ディビジョンを14まで拡大してリスク計算。最適解を出して報告」
「はい」
 被害が出ることはやむなし、ね。
 ……でも。
「現地の者が封印、って言ったわね」
「はい」
 あの時だって、私達は何も知らない子供だった。
 無責任だけど、解決できるというのなら、誰が、なんてこだわらない。
「被害が少ないといいわね」
 そう言って、リシュネはファイルを閉じた。